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March 2007

March 28, 2007

庄内藩の立場-庄内藩5,6

菅実秀と松平権十郎の会話は、新徴組を預けられ、江戸市中取り締まりをするにあたっての庄内藩の立場について話し合っているのでした。蝦夷地の警備にもあたらされており、お家は苦しく、新徴組は、清河の息のかかったもので、困るということなのでしょう。昔幕末テレビドラマをみていて、会津が悪役として登場していましたが、なんでそんなところ(京都)に会津がいるんだなんて全然考えませんでしたが、江戸の見回りに何で庄内藩がいるのかも、江戸薩摩屋敷焼き討ちの意味も(清河八郎が何したのかも)全然知りませんでしたが、この小説はむずかしいところに光をあてています。

Gennbameiji

Suge

加藤省一郎  臥牛 菅實秀  致道博物館 平成2年 1800円

坂本守正 酒井玄蕃の明治  荘内人物史研究会 昭和57年 1300円

を県立図書館より借りてきました。しばらく学習を続けます。

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March 27, 2007

本間郡兵衛-庄内藩4

山形新聞 佐藤賢一 <新徴組>第47回 庄内藩4

きのうの挿絵は前藩主酒井忠発でした。<藩内の政争><庄内藩は佐幕の雄藩、幕府よりも幕府寄り><幕府の公武合体を支持して藩論をまとめようとする改革派を向こうにまわし>といよいよ藩内の政争についても言及をはじめました。まだ改革派の方の名前はでてきません。


一足早くこちらは本間群兵衛について紹介しておきます。
Sakaraboshin

勝海舟が坂本龍馬とつくった神戸の幕府の軍艦操練所に庄内の人はおり、ここに紹介されています。赤沢隼之助は丁卯の大獄の時になくなりますが、本間郡兵衛は、ずっと薩摩にいて、外国へもいきますが、戊辰戦争直前に酒田にもどり、毒殺されてしまいます。本間郡兵衛は、改革派というより薩摩そのもののような方で悪いときにもどってきたものです。しかし、本間と西郷の関係はのちの庄内藩と西郷の関係に引き継がれていくらしく、重要な人物であり、さらに学習の必要があります。

今回引用の本は

佐藤三郎、田村寛三 酒田戊辰秘話ー夜明け前に散った人びと 方寸別冊 酒田古文書同好会 昭和44年  450円

で本間郡兵衛、阿部千萬多三烈士をとりあげています。

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March 25, 2007

庄内藩-2,3

Shijyo
酒井吉之丞了恒に続き、松平権十郎親懐、菅善太右衛門実秀と毎日挿絵になっています。かれらが庄内藩の主流派となっていきますが、とりあえず新徴組からみれば、お家騒動は関係ないように見えます。菅実秀について

後藤嘉一 やまがた史上の人物  郁文堂書店 昭和40年 800円

の菅実秀の章を読んで見ました。ーー松平親懐はチカヒロではなくシンカイ、菅実秀はサネヒデではなくジツシュウと音読みしていたと書いてあります。庄内弁では、ゴンジュロはん、ゼンダエはんだそうです。幕末の庄内藩について、<元来徳川譜代である庄内の酒井家においても、因習的な保守派と、新しい時代に処して藩政並びに政治的方向の転換を叫ぶ革新派とが鋭く対立していた。>とは書いてありますが、丁卯の大獄については何も書いてありません。

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March 23, 2007

庄内藩1

山形新聞 佐藤賢一 <新徴組>第44回 庄内藩1

やはり酒井吉之丞了恒(玄蕃)でした。この方の素性について今回は詳述されていますが、まだ政治的状況については書かれていません。この章で解説があるかもしれませんが、この時期すでに改革派=公武合体派(実態は学習中)はしりぞけられ、佐幕派が実権をにぎっています。最後に丁卯の大獄で主要な人物が消されてから戊辰戦争に入っていくわけです。新徴組はその庄内藩の戊辰戦争にまぎれていきますが、その前に江戸薩摩藩邸焼き討ちという大仕事がひかえています。その同じ時期に丁卯の大獄がおこり、もちろんこの事件についてこの小説が扱わないわけにはいかないのです。もちろん死んでいったひとのなかにも立派な方も多くいたと推測されます。

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March 22, 2007

酒井吉之丞登場-大試合10,11,12,13

この3回ほど沖田総司に似た育ちのよい腕のたつ武士がもったいぶって登場し、毎回挿絵になっていましたが、本日酒井吉之丞と名が明かされました。丁卯の大獄で最後に古式にのっとって切腹する酒井右京も酒井吉之丞ですが、年がまったくあいませんので、その弟酒井了明(のりあき)の子で、慶応3年(1867)に家督をついで、戊辰戦争で「鬼玄蕃」とよばれ勇名をはせる了恒(玄蕃)と思われます。いよいよ重要人物の登場です。

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March 19, 2007

冬のなごり

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軟弱な冬のおわりに中途半端な寒波がきて、家の庭もこのとおり。どうやらことしは、山形の冬を示す写真はとれないで終わりそう。

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March 18, 2007

伴林光平ー大試合9

山形新聞 佐藤賢一 <新徴組>第39回
きのう書いた京都の情勢について書いています。<返す返すも、文久3年は激動の年だった。長州の志士を中核とする一派が、気脈を通じる尊攘激派の公卿に働きかけながら、孝明天皇の大和行幸、攘夷親政征、ひいては倒幕まで一気に実現しようとしたからだ。>天誅組だけで幾多の人物が登場し分厚い本ができますが、ここでは、安積五郎とともに死んでいった歌人伴林光平を紹介しておきましょう。

Tomo1

Tomo2

わたしは、安積五郎と藤本鉄石を追いかける過程でこの方と出会いました。昭和19年発行のかびくさい分厚い全集が手元にあります。南山踏雲録は天誅組の蜂起から、翌年京都で死ぬまでの記録です。ここを安積五郎が同じ運命をたどる。去年京都の霊山歴史舘へいったときにその志士の墓のなかに安積五郎もいました。

保田輿重郎文庫13 南山踏雲録 新学社 2000年 1260円

鈴木純孝 伴林光平の研究 講談社 平成13年 8000円


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March 17, 2007

庄内藩の情勢-大試合7,8

松平権十郎親懐の名がでてきました。<幕府より幕府寄りとされる庄内藩は、あまり干渉してこない>と書いています。前述の斉藤 庄内藩の幕末の情勢のところあるいは藤沢周平の<周平独言 荘内藩主酒井忠発の明暗>などに詳述されているが、この時期すでに佐幕派が実権をにぎっていて改革派はしりぞけられていた。その最終局面が丁卯の大獄であるが、新徴組は次第に庄内藩にとりこまれていくので、いずれそのことも書かれるだろう。いまは、<あれからの京も大変な話になっているようだ。>と書いているように、京では新撰組が活躍をはじめ、天誅組の変、禁門の変などが起こっている。安積五郎最後の活躍の場です。清河八郎とのんびり旅をしていた頃がなつかしかったことでしょう。

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March 15, 2007

丁卯の大獄-大試合4,5,6

山形新聞 佐藤賢一 <新徴組>第36回
いつのまにか 文久3年8月までの新徴組の動きが書かれています。剣の試合は剣術教授方を決めるためのものでした。

<6月末新徴組剣術方9名が任命された   山田官司、柏尾馬之助(右馬之助)、森土鉞(えつ)四郎、村上常右衛門、玉城織衛、片山庄左衛門、岡島哉弥(さいや)、石井鉄之丞、中村定右衛門> (小山松 新徴組)

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わたしは丁卯の大獄の方が気にかかるので高島真の<雲井達雄庄内藩探索紀行> に書かれていた

石井親俊 維新前後に於ける荘内藩秘史  壹誠社 昭和42年 200円

を日本の古本屋からget。これは阿部正巳 庄内幕末勤王秘史 (鶴岡市図書館にあり)の簡略版のようです。ちょっと高かったのですが、著者のサイン入りで、誰かに贈呈されたもので、その礼状まで入っており、どんな人物か興味をそそられました。ーーいずれこの小説にも登場する事件のはずです。それより話の筋から,清河の仲間がみんな消えていくのが寂しいわ。高橋泥舟も山岡鉄舟も、江戸開城までお役御免。

ちなみに丁卯(ひのとう、ていぼう)は、干支の一つ。1867年が丁卯の年、1868年は戊辰の年となります。

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March 12, 2007

新聞休刊日-大試合3

柏尾馬之助と林太郎の剣道の試合が続いています、本日は新聞休刊日で進展はありません。この連載が始まった頃は、セブンイレブンで毎日山形新聞を買っていましたが、めんどくさいので、山形へきて16年目にして初めて山形新聞を定期購読開始しました。職場では見ていましたが、やはり地元の情報は地元の新聞が便利です。きょうの夕刊にはなぜか北杜夫がカラーででてきて喜んでいました。

Kumo

Jiken

丁卯の大獄は慶応2年(1866年)、江戸薩摩藩邸焼き討ちが慶応3年(1867年)、現在は文久3年(1863年)ですから、庄内藩でおこったお家騒動は、ちょうど新徴組が江戸で活躍している頃におこっており、戊辰戦争直前に起こったきわめて重要な事件と言えます。高島真の、<雲井達雄庄内藩探索紀行> 無明舎出版 2005年 1680円は、米沢藩の雲井がこの事件を探って幕末に酒田を訪問した記録でこの事件について詳しくふれています。ちなみに高島真は黒田傅四郎=高島米吉のむすこです。黒田傅四郎の<やまがた幕末史話>がこの辺の記述が非常に詳しいのに最近気付きました。きのう県立図書館から借りてきた<佐藤三郎 庄内藩事件史 本の会 昭和62年 1500円>は庄内藩の歴史をきわめてわかりやすくまとめたおもしろい本ですが、幕末の各事件についても要領よくまとめてあり必読のようです。

黒田傅四郎の<やまがた幕末史話>のなかに荘内酒井藩政時代の5大事件として以下のものをあげています。
1)白岩城主、酒井長門守忠重の兄、忠勝世嗣忠当廃嫡騒動ーーご存じ<長門守の陰謀>
2)文化8年荘内藩家老老、竹内、水野並に両派の軋轢
3)天保11年荘内藩主、酒井忠器の長岡転封騒動ーー<義民が駆ける>
4)丁卯の大獄
5)明治維新
この小説では4と5の荘内藩の動きについて詳述していかないといけない。これはわたしの望むところですよ、、、

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March 10, 2007

柏尾右馬之助-大試合2

柏尾右馬之助でひくと、浪士組6番隊に柏尾馬之助がいることがわかります。これはmailである方から教えていただきました。
柏尾右馬之助ー天保9年(1838年)生 剣術教授方。脱走。
参考文献(「新選組・彰義隊・白虎隊」のすべてー別冊歴史読本ー新人物往来社より)
だそうです。

浪士組上洛名簿(尽忠報国勇士姓名録)

浪士組上洛名簿

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March 09, 2007

柏尾馬之助-お預かり8,大試合1

佐藤賢一 新徴組 第31回 山形新聞

新しい名前が登場しました。<柏尾馬之助>検索で調べると、前回述べた勝海舟のなかで登場してきますが、他からはなにもでてきません。先をたのしみにするしかありませんが、それにしても。剣の試合ばかりしています。

Jinmei 新編 庄内人名辞典 庄内人名辞典刊行会 昭和61年3500円 をみてもでてきません。ご存じの方があれば教えてほしいところ。浪士組にもいたようなので、別の名前ではいっていたのかもしれません。

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March 07, 2007

村上俊五郎-お預かり7

村上俊五郎捕縛のシーンを庄内藩1万人の出動でやったと書いてあります。村上俊五郎についても研究がすすみ、ここに詳しく書かれています。

新徴組の人物が登場したドラマに勝海舟があります。このことは小山松勝一郎の新徴組の後書きにも触れられています。益満久之助という名前はここで初めて聞いたのかもしれません。たしか見ていたはずです。しかし今となっては、何も思いだしません。ただ子母澤寛の書いたものには新徴組のことがよく書いてあるとのことですので、調べてみます。

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March 06, 2007

庄内藩ーお預かり5,6

Shu
庄内藩預かりと聞いた浪士たちの反応について書いています。<清河八郎が尋ね者だった時期に、やはり幕命を受けた庄内藩は、その妻女から兄弟からを江戸屋敷の牢につなぎ、また国許でも生家を厳しく締め上げたと、、、、、>  妻女とは、妻のおれんさん。兄弟は斉藤熊三郎と思いますが、清河無礼打ち事件で隠れたあと、残されたものは江戸の岡っ引きに捕まったんじゃないのかな。庄内藩に預けられたのは、小伝馬町の牢から出されたあとで<牢につながれた>のでありましょうか?預けられたのではないでしょうか?そんなことはともかく、これから深く庄内藩が関与してきますよ。庄内藩の江戸期から幕末の年表を発見しました。大山庄太夫丁卯の大獄も重要な事件ですから、これから楽しみ。手持ちの庄内藩の参考書はこれひとつでした。
斉藤正一  庄内藩  吉川弘文舘 平成7年  2700円

本日小山松勝一郎<新徴組> 第2部 新徴組江戸取締り を読了。ここにいろいろな細かい事件が記載されています。どこまで採用されるか。新徴組はこの時期江戸の治安をまもる”お回りさん”だったのです。これが、おまわりさんの語源と書いてありますよ。

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March 04, 2007

庄内藩登場ーお預かり3,4

<浪士取扱高橋伊勢守、浪士取締山岡鉄太郎、松岡万が御役御免とされたのは、こちらも幕臣でありながら、清河八郎と交流があったからだろう。>交流があったというより、完全な仲間でないかと思います。きょうは庄内藩の預けられて、ついに名前が新徴組になりました。庄内藩について解説しています。その後の動きは、清河を否定する方向へ動くのだが、清河の考えは、後の大政奉還後江戸明け渡しの時の高橋泥舟、山岡の活躍につながってゆく。過激に実践したのが、8月の天誅組の変、10月の生野の変ということになる。この小説は新徴組のこの後の動きを、時代の流れとともに見ていくことになるようです。

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March 02, 2007

清河暗殺後-お預かり2

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清河の仲間がみな捕まった後、残ったもので新徴組が誕生する。しかし指導者のない浪人の集まりですから335名の浪士組が、169名の新徴組になる。ここで登場はたぶん庄内藩の松平権十郎である。あとは菅 実秀松森胤保がでてきますかね。今日はきのうに引き続き金子与三郎の顔を拝んでおきましょう。

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March 01, 2007

夕焼け

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真冬日のない寒くない冬が終わろうとしています。また3月は宴会シーズンらしく、写真をとる機会もふえようというもの。

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清河暗殺-お預かり1

山形新聞連載<新徴組>第23回は清河暗殺の場面です。上山藩金子与三郎登場です。Kuroda黒田傅四郎著 やまがた幕末史話 東北出版企画 昭和53年 2200円の第3章 清河八郎と新徴組 によれば、金子与三郎は清河を裏切って、幕府方へ売ったことになっています。のちにつぎのクライマックスと思われる江戸薩摩藩邸焼き討ちに新徴組とともに上山藩も出動、この時金子は流れ弾にあたって死亡します。新徴組のだれかがやったものと考えられています。薩摩側には伊牟田尚平、益満久之助がいます。高橋泥舟、山岡鉄太郎は、この清河暗殺後蟄居。石坂周造、村上俊五郎ら6人はとらわれの身となって、残った浪士組が、新徴組となり、庄内藩に預けられるのです。清河を切った佐々木只三郎は、京都へ行って後に坂本龍馬暗殺にも参加することはよく知られている。
金子与三郎は、上山では名士に数えられ、<心の儘>という文章を残しています。KokoroKaneko
安岡正篤の心の儘、DCS 2002 2000円を参照ください。いちばん詳しいのは、上山市史編集資料21 <幕末之名士金子輿三郎>で、これは上山市役所で購入。しかしこれを読みこなすのは少々至難の業で、ぱらぱらめくるのみで満足しています。上山城の中に金子のコーナーがあり、一度見に行ってください。

まあ、新徴組になったあとの残りの人々の運命はよくわからないので(どんなひとがでてくるのかも含め)楽しみです。資料も探さないといけないかもしれません。

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