« 長谷堂2009春-2 | Main | 山辺に美味いものあり2 »

May 06, 2009

畑谷城

Hataya100

Hataya101


畑谷城は、直江兼続が山形にせめてきた時、最初の攻防のあったところで、守る江口五兵衛光清以下500名の最上軍が2日で全滅したところです。白鷹方面から山道を通って進軍したことがわかります。

現地でくばっていたパンフレットには、
<畑谷城攻防戦ー最上武士の面目をかけ、「義」に殉じた武将の戦い-
慶長5年(1600)旧暦9月11日、山形城攻略を目指した上杉勢の本軍は、直江兼続を総大将とじて米沢を出発した。そして、長井衛道を北進、白鷹丘陵を横断・東造して、畑谷城を攻撃した。畑谷城主江□五兵衛光清は、山形城主最上義光から、引き上げて山形城に合流するようにとの指令を受けたが、武将として逃げることを選ばず、その指令を断つた。また、江□を高く評価していた直江からは上杉勢への協力を勧められるが、それも断り、畑谷城南8B山麓部の鵜川をせき止め、水掘として備えを固めていた。上杉勢は本陣を片倉山に置き、正面攻撃は片倉山より下り、上郷前坂土木山・西の原方面に陣を構えた。一隊は前田慶次郎を隊長として馬牽原よリー本木峠を通つて簗沢方面に下り、北方から攻撃する態勢であつた。12曰から攻防戦が始まり、翌13日には水P5が破られたため、水堀の水も引き、二時(4時間)の攻防戦で畑谷城は落城した。直江は「 去十三曰最上領畑谷城乗崩撫切(皆殺し)申付、城主江□五兵衛父子共首五百余討捕候…」と書き送っている。>
とある。

Hataya1

Hataya2

Hataya3

Hataya4sun
sun
sun
sun
sun
sun
sun
sun
sun
山形からは、門伝から国道17号線をずっと西に進みと山道にはいり、県民の森を越えたあたりにあります。山形からみる富神(とかみ)山がはるか下の方にちいさくみえるのでよく位置関係がわかります。こちら県民の森も山桜が満開(大沼のところ)水仙の花が路上に満開で連なっていました。


Hataya10

Hataya11

Hataya12

畑谷城は、研究者による全国的観点から「戦国期ならではの遺構を良好に保つ三十の城址」に選出されている。標高549mの城山の山頂にあります。長谷堂よりはるかに急な坂を10分くらい歩くとつきます。山頂に記念碑がたっています。ここから山形方面の地上がみえるかと思いましたが、全然でした。入り口のところに長松寺という江口光清の墓のある寺があります。

Hataya13

Hataya14

|

« 長谷堂2009春-2 | Main | 山辺に美味いものあり2 »

TrackBack

TrackBack URL for this entry:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/72041/44919789

Listed below are links to weblogs that reference 畑谷城:

« 長谷堂2009春-2 | Main | 山辺に美味いものあり2 »