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September 04, 2011

美女いくさ2011秋4ー保科正之

テレビはほとんど見ないが、BSもわけのわからない番組がいっぱいあり、たまにみる。BSTBSで保科正之をやっていたのでみてみた。"名君"保科正之といわれるが、何が名君なのか全然知らなかった。徳川秀忠の隠し子で武田信玄の娘(見性院)に育てられ、伊那高遠城主となり、家光の代になり、山形藩、次いで会津藩に格上げされてゆく。

1582年の織田信長の武田征伐で、高遠城攻めがあり、このときが小説のはじまりになるのが池波正太郎の「真田太平記」。向井佐平次をお江が助け出すシーンからはじまるのです。印象深い。その信州伊那高遠が再び舞台となる。

そば切りの始まりはまちがいなく信州とのこと。それがどうやって山形までやってきたか。江戸時代の大名の国替えが大きく影響しているとのこと。1636年保科正之の山形転封と1622年の信濃松代から出羽鶴岡への酒井忠勝の転封とともに食も移動してきたようだ。

幕末会津藩が京都守護職になったのは、この保科正之の家訓があればこそ、とはよく知られた事実。時代は「フクシマ」へ。2年後の大河ドラマは新島八重。もし戦国でフクシマをやるとしたら、今の江の続編ともいうべき保科正之であったろう。これまでに

中村彰彦 保科正之 徳川将軍家を支えた会津藩主 中央公論新社  1995
中村彰彦 名君の碑 保科正之の生涯 文芸春秋社 2001

を読みました。名君の碑のなかでは江は、ただの嫉妬深い奥方様にしかすぎません。この名君の碑を読むと、保科正之の生涯は波瀾万丈、大河ドラマにふさわしいような話です。山形時代にも結構重要な事件がおこっています。ブログはまた山形史へもどっていきましょう。

静が保科正之を生むまでの期間は、大阪落城より前の話なので、大奥初期の江の姿が当然描かれていくのではないかと思いますが、どうなるのでしょう。以前同じ時期を扱った葵徳川三代は総出演(よく覚えていませんが)だったようです。


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