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December 31, 2012

もみじ公園2012

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京都の紅葉はネットでみていたが、11月の末であった。これにいきたいと思っても、普通の仕事をしているひとには無理がある。ことしは10月半ばにちょっとだけ京にいくことができたが、ほんの駆け足であった。写真の公開は来年になりそうです。近くにも紅葉はいくらでもあり、ただそれを見ようと思わなければ地元山形でも難しい。この山形の紅葉の名所「もみじ公園」の紅葉にきたのも2004年以来です。その2004年時の写真は昔のブログにまだ残っています。現在でも細谷風翁の検索ではtopにでてきます。こんなにもみじの落葉がいっぱいのときに訪問したのははじめてでした。


入り口の掲示板

もみじ公園 旧宝幢寺(ほうどうじ)庭園の由来
 この庭園は もと真言宗の巨刹宝幢寺(後朱印1370石)の池泉回遊式古庭園です。
 これまで、元禄初期(1688~)の山形城主松平大和守直矩公(10万石)が姫の病気平癒祈願のお礼として作庭寄進されたと言い伝えられてきました。
 しかし、近年それを改める史料が発見され、それによると寛文年間(1661~)城主松平下総守忠弘公(15万石)が城内本丸庭園を造り直した際、その余石と吉野のもみじをもって、この庭園も改築し、江戸から招いた幕府庭師と共に、忠弘公自ら石組に手を加え完成させたとされています。
 宝幢寺は、明治初期に廃寺となり寺郭がとり払われました。残った書院と庭園は、昭和26年本市の所有となり、その後「もみじ公園」として一般に開放されたものです。
    昭和59年11月 山形市

別の記述では「築山にあったモミジの巨木により「もみじ公園」の名称がついたが、残念ながらこの古木は近年枯死してしまった。」というものがある。

山形市の「清風荘」という茶室が併設されています。

清風荘の建物は、明治維新以前は宝幢寺という真言宗の寺院であり大書院でした。
昭和31年、宝幢寺跡が市により買収され、翌年、中央公民館分館「清風荘」が開館いたしました。
昭和54年には茶室「宝紅庵」が併設され、現在ではともに純和風の施設として芸術文化等の諸活動や国際交流などにも広く利用されております。
和室、茶室を主体とした施設で、茶道、華道、謡曲など、伝統文化を中心とした様々な催しや会合及び結婚式に利用できます。

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