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May 2013

May 31, 2013

山寺立石寺ー御開帳2013

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山寺の歴史はたいへん古く、知らないこともいっぱいあるでしょう(というか、今回はじめて知ることの多いこと多いこと...)。過去にしばしば上まで上りましたが、根本中堂のところは素通りで、秘仏に御開帳があるなんてことも全く知らずに暮らしていました。前回の御開帳が昭和25年、わたしは生まれていませんでした。その後昭和37年に根本中堂の解体修理がされているのです。秘仏なのにパンフレットに写真があるのは、この時とられた1枚のようです。一生に一度のことですからよく拝んできました。ものすごい数の人々がこの5月山寺で行列を作りました。そのうちまたもとにもどったらゆっくり登ってみましょう。

芭蕉の像はいたるところにありますが、山寺の像を写真にとったのははじめてです。
閑さや岩にしみ入る蝉の声

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May 30, 2013

若松寺2007

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2007年県立博物館で若松寺の特集をやったとき、一度若松寺へ行った。そのときブログののせそこなったので、今回御開帳にあわせてお寺を集めているので、縁結びの観音若松寺もだしておきます。天童のはずれ山のなかにあり、まさに山がお寺になっています。その後に行った京都の高山寺と似た作りになっていました。天気がいいとここから鳥海山もみえるとか。

芭蕉が山寺にきたとき、よらなかったのでめだたない存在になってしまったのかもしれません。もう一度行ってみたいのですが、チャンスがあるでしょうか。

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May 29, 2013

光禅寺2ー最上義光

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2006年秋の光禅寺はこちら

連休前、専称寺から光禅寺をまわってきた。ちょうど桜散る頃であった。霞城公園に夢中でお寺の桜の様子をみておく必要があった。実は光禅寺の位置がよくわからず、自転車で少々迷ってしまった。こちらにはりっぱな庭園があるが、今回はうまく写真が取れなかった。おめあては、最上義光のお墓。ことしは、最上義光没後400年祭

案内板によると「当寺は慶長7年(1602)羽州57万石、山形城主の最上義光公が大石田黒滝、向川寺9世春林禅寺和尚を拝講して開創したものである。元は慶長寺と称してが元和年間、家親公の時代に光禅寺と改称した。当事の寺は今の長源寺(七日町)の地にあって、寺領250石の御朱印寺で堂塔伽藍完備の寺であったと云う。義光公逝去の後、孫の義俊公の代に至つて最上改易の変に遭い近江の国大森に移封された。元和8年10月、盤城の国、平(現在いわき市)より鳥居忠政公、山形城主に(24万石)なるに及んで、盤城の国より菩提所、長源寺を招致し、光禅寺の土地、建物を長源寺に使用せしめ、当寺を現在地に移転せしめたのである。その時、門前の三日町町民も一緒に移って来たので、元の町を元三日町と称して今日に至る。寺は、明治27年5月、市南の大火に遭い観音堂を残して全焼。貴重な宝物、古文書等を焼失した。寺域内には、最上家三代の墓(義光公、家親公、義俊公)と義光公に殉死した4家臣の墓がある。本堂裏手には遠州流「心字の池」の庭園がある。江戸前期頃作庭。市の名勝指定)他に、永和の板碑(市文化財指定)、観音堂及び輔堂等がある。梵鐘は元禄11年、京都洛陽三条の釜座、藤原国次の作である。」とある。

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専称寺ー駒姫

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駒姫は最上義光の娘で、文禄4年(1595)8月2日に秀次の他の妻妾子供らと共に三条河原にて処刑されました。この話はあまりにも有名です。墓は京都の三条河原 瑞泉寺にあります。 そのあたりを歩いたことありますが、そのときは全然そんなことは考えませんでした。機会があればいってみたいです。

辞世の句「罪を切る弥陀の剣にかかる身の なにか五つの障りあるべき

ここにある駒姫の墓はあたらしいものです。もっと桜か紅葉のきれいなときに写真をとりにこないといかん。ーー専称寺は2006年以来二回目です。

専称寺はいまでもお墓の分譲をしているそうです。うちは家のローンが終わってから、お墓の心配をはじめ、山寺とかここなどが話にのぼっています。お墓を買うのは、車を買うのといっしょで簡単ではありません。3.11以降お墓の需要は伸びていると聞きます。

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May 16, 2013

2013年4月summary

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5月も半ばになっていますが、学会による遠征も終え、さくらんぼの季節がまたやってきます。ブログ更新は遅れてしまい、今頃4月分です。ことしの桜は東京が異常に早かったのですが、山形はここ数年ではちょっとはやい普通の開花になりました。2006年から毎年桜の写真をのせていますが、あまり代わり映えしません。ことしは満開の時に雪になり、満開桜に雪がかぶった写真がとれました。これは500pxのstoriesにだしておきました。

春の朝焼け、夕焼けは淡白ですが、きれいになることもあります。

国宝となった縄文の女神が展示されました。舟形町の西ノ前遺跡から出土した縄文時代中期(今から4500年前)の土偶(どぐう)で、全身の高さは45センチもあります。
桜も散った夕方の霞城公園、最上義光像がきれいに映し出されました。ことしは最上義光没後400年、記念行事もあるようです。

春は山菜。例の、朝日町最上川八天橋のところに、たくさん"ふきのとう"がはえてました。ふきのとう味噌にして食べました。


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May 04, 2013

荘内日報に「お蓮」はじまる

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しばらくぶりの清河八郎です。小説の孵化場というブログで以前から清河八郎の記事を書いていて拝読していた鏡川伊一郎氏の連載小説がやっと始まった。ブログ上でこの連載小説の開始を知り、去年の暮れから荘内日報を購読開始していましたが、なかなか始まらず、なんと6ヵ月の準備を経て(連載小説を出すっていうのは、たぶんたいへんなことなんだ。)いま、5月1日から開始になりました。清河八郎とその仲間たち、総登場でしょう。さっそく安積五郎君がでてきたぞ!お蓮に関する基本的事項はこの文章(幕末に咲いた華 ~清河 蓮 -清河八郎の妻-)を参照してください。

著者のお言葉「清河八郎の妻お蓮の通説を覆す小説になると思う。探り当てた真実のお蓮像をぜひ共有していただきたい。

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新海竹太郎2013

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新海竹太郎(1868-1927)の名は山形県立図書館の 縣人文庫でみたのが最初でしょうか。そこにきれいな

風翁遺墨 付 米山画存 新海竹太郎編. 大塚巧芸館. 大正14年

がかざってあります。わたしはそれを以前ネット検索で購入、手元もあります。表紙は汚染され、中の絵は虫喰いでしたが、ネット用の画像をとるには十分でした。細谷風翁、米山の水墨画をそこからとって公開しました。いまだにそれ以外にその絵をみることはできないようです。その書に掲載されている風翁先生小伝続きに引用しておきます。

新海竹太郎の詳細は、やはり

 後藤嘉一 やまがた史上の人物 郁文堂書店 1965 pp194-202

に詳しく、日本彫刻の歴史から竹太郎の血統についても詳述されている。十日町の竹太郎の家の前に細谷風翁の家があったと書いてある。(現在の十日町十字路角、「いなり食堂」のところと書いてあるが、「いなり食堂」本店は道路の拡張でなくなってしまい、キャッスルの中にはいったとあるから、そのへんなんでしょう。)

十日町の山形城三の丸跡の外側にある歌懸稲荷神社の銅像は甥の新海竹蔵作で、昭和5年有志により銅像が建てられたが、戦時中に供出、昭和30年に再建されたものです。

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