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July 17, 2013

定林寺(河北町)

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河北町が高橋泥舟と関係が深いことは以前に述べた

勤王僧瑞林(琳瑞)は河北町の出身.

Wikipediaには

琳瑞(りんずい、文政13年(1830年)10月 - 慶応3年10月18日(1867年11月13日))は、幕末期の浄土宗の僧。父は細谷守福。名は房蔵。号は静岳・真空・祥道・道真。出羽国村山郡の出身。
12歳で父を失い、17歳で陸奥国伊達郡桑折の無能寺で出家し、琳瑞と号した。1849年(嘉永2年)江戸に出て、僧侶の風紀粛清を期して小石川伝通院の処静院に住した。また、儒学者東条一堂に師事して儒学を学び、高橋泥舟・山岡鉄舟など多くの志士と交流した。水戸藩主徳川斉昭に私淑し、尊皇攘夷の大義を主唱した。1863年(文久3年)幕府側に暗殺された清河八郎の遺骸を託され、伝通院内に埋葬している。しかし1867年(慶応3年)10月18日、刺客に襲われ暗殺された。

と記述されている。


 定林寺には、勤王僧として知られる瑞林の顕彰碑がある。瑞林の碑は、親交のあった山岡鉄舟の筆による。

琳瑞和上死而在何処当住知居処否

と記述されている。

河北町と高橋泥舟の関係は近年注目されている。どういう経緯でここにこの記念碑が建ったか、ネットで調べたくらいではわからなかった。清河八郎、高橋泥舟、山岡鉄舟とたいへん関係が深く、なぜ暗殺されたのかについても大きな謎です。現在荘内日報に "お蓮"を連載されている鏡川伊一郎氏が氏のブログで詳しく考察されている。現在小説連載中のため結論がまだお預けになっていますが。

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