6 posts categorized "書籍・雑誌"

November 12, 2011

北杜夫追悼斉藤由香講演会2011年11月6日(山形市)

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作家北杜夫氏は、2011年10月24日午前6時2分、腸閉塞(ちょう・へい・そく)のため東京都内の病院で死去した。享年84歳。去年上山城の昆虫展にきたときの講演会へいかなかったのが、たいへん残念でした。11月6日にシベールアリーナに本当はくる予定で、その準備をしているときに、急に亡くなってしまい、由香さんが、妻の喜美子さんを連れてきて、追悼講演が行われました。切符は簡単に手に入りました。今回の来場は350名くらいだったそうです。北杜夫氏の臨終の経過をリアルに話してくれました。はじめてきく由香さんのはなしはしっかりしています。高齢になって世界をたびした茂吉の妻輝子の話で、会場を笑わせていました。最後に喜美子さんがあいさつされました。会場に 

北杜夫 マンボウ家族航海記 実業之日本社 2011 600円

の文庫本が売っていましたが、帰りには売り切れになっていて、自宅近くの書店で購入して、今半分くらいまできました。80年代以降のエッセイからの抜粋ですが、株に狂っていた時代、由香さんの結婚、奥さんのはなし、孫のはなし(今は大学生)などしばらくぶりに引き込まれていきます。北さんの老年期は家族の記録です。80年代から2011年まで長い時間です。サイン会の時にほほえましいご家族の絵が飾ってありました。由香さんの週刊新潮の連載は、最初の2冊まで読んでますが、しばらくごぶさたでした。2年前に大腿骨(頚部)骨折をしてからのリハビリをしていた話は知りませんでした。暇になったら北杜夫再読といこうかとも思います。週刊誌は、朝日から新潮にしばらく乗り換えます。"窓際OLのすってんころりん日記"を読むためです。

帰りには。龍上海山形大医学部前店に入りました。小ぎれいになってました。ちょっと前に食べた本店とは、麺が異なります。少しずつ独自に進化してゆくのでしょうか。龍上海は本店が常に超混でいますので、よく調べてからいくとよいです。からみそにするか、醤油にからみそトッピングにするか、個人の好みでしょう。

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紅葉にいけなかったものですから、自宅の庭の一風景です。日本国家に金はなく、増税が目の前にある。TPPなんてなんのことかわかりませんが、はじめから決まっているかのように、推進。日本はますます貧乏な国になってゆく。ほんとに日本を一新しないと次世代は暗澹たる世になってしまう。週刊新潮11月17日号36pページ「めざましテレビ」の大塚範一アナが急性白血病になった記事に、柏に在住で震災直後にFukushimaへ行ったこと、さらに福島の食品を率先して食べるキャンペーンをしていたことなどいっさい書いてありません。さすが週刊新潮だわ、、、

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September 27, 2011

桐野夏生講演会2011年9月25日ー新庄

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桐野夏生さんの「ポリティコン」は2月末に単行本が刊行され、わたしはすぐに購入したが、3.11が発生し、長くその存在を忘れていた。夏になり山形新聞の書評欄にでて思い出して、これって新庄がでてくる小説で、思いっきり実在の地域が登場することがわかったのでまずすみこが、次いでわたしも読みはじめた(わたしはまだ途中、途中で別の興味が発生。)。9月になって、どこからかすみこが桐野夏生の講演会があることを聞きつけてきたので、必死に切符を手に入れて、日曜日に行ってきた。

平成23年9月25日(日)13:30ー
新庄市民プラザサタデーナイトセミナー「大人のための新庄学」公開講座
桐野夏生講演会「新庄から日本社会の現状を考える」ー小説「ポリティコン」の取材を通してー

「ポリティコン」の148ページにでてくる

「3月に入り、やっと雪が溶け始めた頃、素一の劇団「あいばん」の春季講演が、新庄市の市民プラザの大ホールで開催されることになった。村外委員が動員をかけてくれるため、350人も入るホールを借りたのだ。」

という記載から呼んでいただいたというところから始まる、好感のもてる充実した1時間でした。

この演題は自分でつけたものでないが、すばらしいと言いました。それは
「小説というのはたいへん小さな身の回りのはなしから掘り下げて、世界の普遍を見るという仕事だからです。」

サンデー毎日の対談記事でも言っていましたが、3.11以降"この風土の中で"どう生きるかについて
「言葉がない」「小説というのは平時のものだからです。戦時のものではない、、」いろいろ言っていましたが、ネットをよく見ているようでした。

「ポリティコン」の成立過程について述べていました。国家を作るという話だそうです。2005年頃中国の北朝鮮国境地帯へ取材に行ったときのホテルでの経験を述べていました。
「なんかこんなことしていると、大学教授みたい、、、わたしははじめてなんで、なんか慣れない」と黒板に書きながら。(なんかかわいい)

「みなさん、ハニートラップってご存じですか?」(全く初耳でしたが、調べてみるとすごいことばでした。)

日本の中の小さな国家として、新庄(のちょっと先の田んぼの中)を選んだのでした。

最後時間がわからなくなって時間を聞いていました(講演慣れしていない)。最後の質問コーナーが良い質問がいっぱいで、場を非常になごませましたね。<東北へはどういう気持ちでいらしたか? 映画撮影現場にいくことはありますか?作家になられたきっかけは?若いときと今とどうちがうか?文学というのはどういうものか?文学の力で(被災地の)惨状を表現してほしい、登場人物を作る時に考えていることは?最後はオタクの人の質問で??服装についても聞いていました。(聞いていないひとはその答えを聞きたいでしょう!)>この1時間の講演で必要十分な話をしていました。新庄だからこそ聞くことができた桐野夏生さんの講演会でした。

最後にすみこは、持っているのにまた単行本を買ってサイン会の行列にならんで握手してもらって喜んでいました。

帰りは、とりもつラーメンではなく、駅前の歴史ある"一茶庵本店"へはいり、普通のラーメンを食べて(でも麺はちがう, 肉は庄内豚です)帰りました。いきも帰りも鈍行です。わたしもはやく「ポリティコン」を通読しないと。

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November 07, 2007

美女いくさ

山形新聞の新徴組の連載を楽しんでいる毎日ですが、もうひとつ読売新聞の夕刊連載の<諸田玲子 美女いくさ>も読んでいる。これは、お市の方の娘3人の末娘で、徳川秀忠の正室お江与の方、3代将軍家光の母の話。現在は豊臣秀次がまだ存命で、初めの夫佐治一成を愛しながら、第2の夫豊臣秀勝を朝鮮の役でなくして、徳川の嫡男秀忠のとつがせられようとしている。秀勝との子(話のなかでは佐治一成の子)完子は、淀君に預けられている。いまはやりの大奥の序章を、春日局でなく、お江与の方の眼からみることになる。毎日話の進行が楽しみです。

なおこの小説の挿絵は安里英晴で、新徴組とおなじ方ですので、絵の描き方も似ています。

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May 19, 2007

佐藤賢一,新徴組1-100

山形新聞連載 佐藤賢一 新徴組 第1回ー第100回 (2007.2.6-2007.5.19)

序章 壬生1-13
浪士組  1-9
御預かり 1-8
大試合 1-13
庄内藩 1-10
江戸市中取締 1-14
練兵 1-13
長州藩邸差押 1-14
近藤勇 1-6

文久3年浪士組東帰の直前からはなしがはじまって、清河暗殺、新徴組庄内藩預かり、江戸市中取り締まり開始、長州藩邸差押、元治元年9月、近藤勇東帰まですすみました。300−400回で、戊辰戦争終結でしょうか。---この小説山形の幕末学習にちょうどいいです。まったく。

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庄内藩が、江戸市中取り締まりを維持するのには、大変な金がかかります。以前に

佐藤三郎 庄内藩酒井家 東洋書院 1991年 2000円

を紹介しましたが、お殿様の立場からみたのが、この本ですが、

佐藤三郎 酒田の本間家 中央書院 1972年 1200円

は、いよいよ本間様の立場からの幕末庄内が書いてあります。天保の三方国替えから、戊辰戦争後の国替え阻止、そして庄内藩が明治になっても居座るのには、本間様の経済力が大きく働いている。日本一の大地主本間様の経済力がどんなものであったのか、想像を絶するものがあります。  で、さて会津が京にでるのにも金がかかるはずだが経済的back に誰かついていないかと思って調べたら、すぐでてきました。長崎の豪商<会津藩御用達・足立仁十郎>。これは、会津ものもずいぶん読みましたが、知らない名です。インターネットのおもしろさはこんなところにあります。会津の悲劇は、武士の視点だけでみているので登場人物も武士ばかり。農民や商人のことはほとんど見ていないのですね。この足立仁十郎なる人物は、明治になって斗南藩にまでついていっています。この人会津士魂にでてましたかね?記憶にないですが、もう1回くらい読んでみたいものです。

きょうちょっと仙台まで行ってきましたが、駅前の丸善で、柳美里のサイン会をやっていました。こども向けの童話をだしたんですね。サインはいらないのでお顔だけちょっと拝んで帰ってきました。

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April 29, 2007

古本市

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駅前の十字屋で古本市です。山形に脱サラらしい3軒の古本やがありますが、これは、どうやら仙台の大きな古本屋のようです。古本屋は独特のかびくさいにおいがしますが、われわれ個々の人生の友としての書籍は、過去にさかのぼって古本屋にあります。昔自分の本箱にもっていた本を発見するとつい手をだします。高校を卒業のとき、大学を卒業のとき、仙台をでたとき、多くの本を始末しました。山形を出るときがあるのかどうか知りませんが、今は山形幕末ものを集めています。日本の古本やのnet検索が便利ですが、実物がたくさんあるとついほしくなってしまいます。手持ちの古本のもっときれいなのを見つけると、ため息をつきます。これが東京神田神保町ならほんとに一日がかりになりますが、貧乏ひまなしでいくチャンスはありません。山形の田舎ものではこれくらいでも十分満足です。で、なにをgetしたかというと

佐藤三郎 酒田の歴史 東洋書院 昭和61年 1800円 を1200円で購入。美本です。

昭和57年はじめて医者になったとき、酒田にいきましたが(このときおしんの本放送をしていた)、ここにきて酒田の歴史を本格的に学習することになります。

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December 03, 2006

山形の古本屋

昔(と言っても1990年代)、七日町のぼろマンションに暮らしていたころ、通りに1軒古本屋があった。さらに昔、桐生にいたころ、とっていた鉄道ファンを古本屋に売った覚えがある。大学は仙台であったが、たぶん手持ちの本を処分したこともあると思う。高校のころひとりで神田を散歩して喜んでいたこともあると思う。---いつのころか、また古本に興味を持ったころ、山形には古本やはなかった。古本屋を商売にしているひとの本などをみると、京都などには無数の古本屋があって、毎日それをチェックして歩いている人がいるという。---あるとき通勤路の最上義光記念館の前にしばらくぶりに古本屋ができた。今回<後藤嘉一>で検索して、その著作集を日本の古本屋で発見ゲットしたら、山形の古本屋の本であった。とりにきてくださいというのでいってみたら、まったくふつうの民家であった。紅花書房。どうやら脱サラの方のようでした。こんなんで商売になるのでしょうか?それはともかく、後藤嘉一著作集には、明治零年とやまがた史上の人物は掲載されていませんでした。しかしこれは価値のあるものと思います。手元にずっと置いておきます。ぼろぼろかと思うと、ほとんど新刊とかわりない。1冊1700円弱になります。いまどき斉藤茂吉全集が1万円で売っている時代だそうです。古本趣味も続きます。

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